「ホテルのロビーにあるソファーによく子供が遊びにくる。子供は子供でまた適当に遊んでいる。しかし時々そのソファーの上でぬり絵をはじめる。するとオーナーは、ぬり絵をするなら次の部屋のテーブルがいいんじゃないかね、私はこのソファーを汚したくないんでね、と子供にやさしく言った。子供たちは素直にいうことを聞く。そしてオーナーは注意したあと必ず【ありがとう】ということを忘れなかった。いつもオーナーは機嫌よかった。それをお客様だから注意がしにくい、などと思ってノーといわなければ、そのオーナーは、ああまた子供がやっていると嫌気がさし、もしかすると子供がお客様としてくるのを嫌いになっていたかもしれない。それより何より、そのオーナーはいつもニコニコしていられなかったであろう。我々にしてもオーナーの営業上の笑いと本当の笑いとは感じわけることができる。そのオーナーは心からの笑いであった。ノーということはお互いの関係をこわすことではなく、お互いの関係を築くことなのである」

著 加藤諦三 やさしい人より一部抜粋