「イソップ物語に【ヒツジ飼いと海】という話がある。海岸でヒツジを飼っていた人が、静かな海を見て、船にのって商売に出ようと思った。そこでヒツジをみんな売って、シュロの実を買い込み、船で出かける。ところが、すごい嵐で、船は沈みそうになった。そこで、シュロの実を海に投げこんで、船を空にしてやっと助かった。それからしばらくして海岸にいると、ある人が通りがかり、穏やかな海に見とれていた。するとそのヒツジ飼いが【海はまたシュロの実が欲しくなったのだな。それで静かなふりをしているのだろう】と言う。海がその時に穏やかだと、人は海というのは穏やかだと思ってしまう。荒れる海も海と思えば、ヒツジ飼いはヒツジを売らない。相手が自分に都合よくなっている時が一番危険な時なのである。詐欺師は甘い言葉を言う。こちらに都合の良いことを言う。自分に都合の良いことがあったら、海は今穏やかな時で、これから荒れると思うことである。そうすればヒツジを売らない。そうすれば騙されない。このヒツジ飼いは海を知らないが、実はもっと基本的に自分を知らないのである。自分を分からない人は相手も分からない。自分を知らない人は相手の良さもわからない。自分を知ってる人は、相手の長所も短所も知っている。自分を知らない人は、自分の一番大切なものまで失う」

著 加藤諦三 一部抜粋