「あなたは自分の何を他人に隠そうとしているのか。あなたは自分の何が他人に知られることを恐れているのか。あなたは心の底で自分に自信がないことを知っている。心の底で自分に失望している。しかしそのことを他人に知られたくない。そのことを他人に知られたくないから、他人にはいかにも自信がある【ふり】をする。しかし、だからこそ他人に嫌われるのではなかろうか。他人に好かれるか嫌われるか、親しくなれるか、なれないかは案外単純なことなのである。実際の自分を他人に知られたくなくて、隠そうとする。そして心の底で感じている実際の自分と違った自分を、他人に印象づけようとする。そうすることで嫌われることが多い。心の底にある幼稚な自分の願望を他人に隠そうとする。なぜ隠そうとするかといえば、知られたら軽蔑されるのではないかと不安だから。心の底にある自分の幼児的願望を相手に知られたら相手から拒絶されると思って必死に相手から実際の自分を隠す。実際にはそのことによって相手から好きになってもらえないのに、その人はそれによって好かれると錯覚している。実際の自分を隠す人は、隠すことで好かれようとしながら、逆に嫌われているのである。心の底で自分に自信のない人が、その自信のない自分を他人と自分に隠さなければ、他人と本当に親しくなれることが多い。親密になるということはそういう自分の心の底にある幼稚な願望を隠さないことで相手は信用してくれることが多い。幼稚なくせに、成熟した大人のようなふりをすることで、相手は信用してくれない。相手から信用されようとして、必死に【ふり】をするが、たいていは逆に信用されないことに落ち着く。一方で相手に実際の自分と違った自分を印象づけることに成功することはある。心の底では自分に自信がないのに、相手は自分が自信に満ちていると思う時がある。しかしだからといってその人は生きていることが楽しくなるかというとそうではない。基本的にはより一層実際の自分が遠くなっていくだけ。より一層生きている実感を失っていくだけ。より一層自分が誰であるか分からなくなっていく。より一層アイデンティティは破壊する。より一層自己不確実観は深まるだけ。要するに、そんなことに成功しても内面の破壊が一層すすむだけである」

著 加藤諦三 不思議なほど無理しないほうが愛されるより一部抜粋