「問題が生じているのに、何も解決の手を打たなければ時々刻々とつけは増えている。そのことに気がつかないで、問題の解決を延ばすことで、ある時から【どうにもできない】状態になっていく。何とかなるだろう、何とか解決できるだろう、まさかそんな悲劇にはならないだろうとタカをくくる。でも問題は誰も解決してくれない。人生は修羅場の連続。それが生きるということ。立派に生き抜いたということは修羅場を避けなかったということ。悩みが生じているのに悩みの解決から逃げて、お酒でその時その時をごまかしてしまう。そしてより深刻な悩みに発展させてしまう。車が好きでたまらない人がいるとする。その人がどうしても欲しい車に出合った。しかしそのお金を半分しか持っていない。その後お金が入る予定はない。それなのに半分だけのお金を出して車を借金で買ってしまった。借金の利子がかさむだけである。事態は日を追うごとに悪化している。しかし本人は好きな車に乗ってご満悦である。事態は少しずつ悪くなっていく。人の悩みも同じこと。時が解決するのは感情であって、問題自体ではない」
著 加藤諦三 一部抜粋
